武田双雲さんの八分音符

JR西日本の駅には、電車内でのマナーについて啓発するポスター掲示されています。このポスターは年度ごとにシリーズになっていて、「※でも、あなたは今、……です。」という2007年度のシリーズは、広告のパスティーシュという興味深いコンセプトで作られたものでした。

2008年度は、「武田双雲の一筆マナー」というシリーズです。これは、武田双雲さんという書家が揮毫した一文字の書を素材としたもので、これまでに「煙」「喋」「優」という三種類のポスターが掲示されています。

先日、そのシリーズの4番目を見たのですが、なかなかインパクトの強いものでした。書かれている文字は「♪」、すなわち八分音符です。ISO-2022-JPに含まれているという点では「文字」と言っていいのかもしれませんが、これはやはり「文字」ではなくて「記号」と呼ぶべきものでしょう。書家が書の作品として記号を揮毫するというのは、なかなか大胆不敵な挑戦です。

しかし、その挑戦は残念ながら、成功したとは言いがたい結果に終わっています。楽譜に使われるさまざまな記号というのは、楽譜浄書に携わる職人たちによって、その美が磨かれてきたものです。鑑賞に堪える作品として楽譜記号を揮毫するためには、彼らの成果に立脚した上で、そこに毛筆の美を加える必要があるのではないかと思われるのですが、武田さんの「♪」には、楽譜記号としての美が欠けているのです。

エジソンは「失敗は成功の母である」と述べています。武田さんには、ぜひ、これからも楽譜記号の研究を続けていただいて、毛筆による楽譜浄書という新しいジャンルを開拓していただきたいと思います。

追記(2008年12月15日(月))

武田双雲さんという書道家は、書道界からはそれほど高く評価されていないようです。その理由は何なのかということについての考察を「存在論日記」の中で書いてみました。